北海道は広すぎる?道内より東京が近い距離の話
北海道に住んでいると、距離の感覚が少しずつ狂ってくる。道内の遠い街よりも、飛行機で行ける東京のほうが近く感じる瞬間があるからだ。
少し前にSNSで「札幌市民の距離感覚」が話題になった。図解つきの投稿に多くの共感が集まったのも、道民なら誰しも心当たりがあるからだろう。
正直に言えば、自分もその一人だった。東京や大阪を旅行しているときに、ふと「これ、道内を移動するより早いじゃないか」と気づいてしまった瞬間がある。
これは北海道に暮らす人間として、日々の移動の中で実際に体で覚えた感覚の話だ。
恵庭から各都市への移動時間|道内より本州が近い現実
自分が住む恵庭を起点に道内の主要な街までの所要時間を並べてみる。帯広まで車で2時間、釧路まで3時間、函館まで4時間、北見に至っては5時間。
同じ時間の物差しを本州に当ててみると風景が一変する。東京は飛行機で1時間、大阪は1時間半、福岡でも2時間半で着いてしまう。
つまり北海道の中を車で走るより、飛行機で本州へ飛ぶほうが速い。この事実に気づいたとき、自分の中にあった「距離」の常識が静かに崩れた。
北見へ5時間かけて向かう覚悟があるなら、その半分の時間で羽田に降り立てる。日帰りで東京へ行くという選択肢がまったく非現実的なものではなくなってくる。
高速代とLCCが同額|料金でも起きる逆転
不思議なのは時間だけではない。財布の中身で測っても同じ逆転が起きている。
函館まで道央道を使って車で向かうと、片道の高速代はおよそ5000円かかる。ガソリン代を加えれば往復でそれなりの出費になる。
一方でLCCを使えば、東京まで片道5000円ほどで飛べる日が珍しくない。函館へ車を走らせる高速代と東京行きの航空券が同じ値段で並ぶ。
時間で負け、料金でも並ぶとなれば、心のどこかで本州のほうを「近い」と判定してしまうのも無理はない。この価格の一致こそ、道民の距離感覚をゆがめる大きな要因になっている。
道東道の1車線問題と道内移動のリスク
道内の移動が一筋縄でいかない理由は、単なる距離の長さだけではない。道路そのものの構造にも根がある。
釧路方面へ向かう道東道にはいまも片側1車線の区間が残る。事故や故障車が一台出ただけで高速が止まり、下道の峠越えを強いられることになる。そうなれば所要時間は簡単に5時間を超えていく。
対照的に函館方面の道央道は整備が行き届いていて、渋滞や通行止めで足を奪われることがほとんどない。同じ道内でも行き先によって移動の安定感がまるで違う。
天候ひとつ、トラブルひとつで予定が崩れる。この不確実さが、道内移動を心理的にさらに遠いものにしている。
「北海道は広すぎる」が本州の人に伝わらない理由
この距離感覚のズレは、道外の人と話すと一気に表面化する。以前、大阪を訪れたときに現地の人から「北海道に行ってみたい、どれくらいで回れる?」と尋ねられたことがある。
正直に「1回の旅行では回り切れない」と答えると、相手はきょとんとしていた。広すぎて移動だけで時間を使い果たすという感覚が、うまく伝わらなかったのだと思う。
大阪は、ほとんどの観光地が地下鉄で10分も乗れば着いてしまう。北海道はどこへ行くにもレンタカーが前提で隣町へ向かうだけでも一仕事になる。
同じ「国内旅行」という言葉を使っていても、その中身は道民と本州の人とではまるで違う。この温度差に気づくたび、自分が普段どれだけ広い土地を前提に暮らしているかを思い知らされる。
距離感覚を変えた飛行機とLCCの存在

ここまで書いてくると、逆転の正体が見えてくる。すべての鍵を握っているのは、やはり飛行機の存在だ。
LCCの安さと速さが、物理的な距離を軽々と飛び越えてしまう。片道5000円、所要1時間という条件が揃えば、東京はもはや遠い都会ではない。
人が「近い」「遠い」を判断するとき、実際に見ているのは地図上の直線距離ではない。所要時間と料金、そして移動にかかる手間の総和で近さを測っている。
その物差しで測る限り、恵庭から見た東京は道東の街よりずっと手前にある。新千歳空港までわずか15分、あとは座っているだけで着くなら、東京日帰り旅行を本気で計画しようかと家族と話し始めているほどだ。
便利さの裏で進む北海道の人口減少と交通縮小
ただ、この便利さを手放しで喜んでいいのかと最近は考えるようになった。本州が近くなる裏側で道内はむしろ遠くなり続けている。
北海道は広すぎるがゆえに、人の住む場所が点在している。結果として田舎から都市部への移住が進み、札幌近隣の一部を除けば、多くの市町村の人口が右肩下がりだ。人が減れば公共交通は採算が合わなくなり、路線が細り、不便がさらなる不便を呼ぶ。
この悪循環は、数字にもはっきり表れている。民間の人口戦略会議は、道内179市町村のうち65パーセントにあたる117自治体を「消滅する可能性がある」と分類した。函館市や釧路市といった中核都市さえその中に名を連ねている。
国の資料を見ても、札幌と各中核都市を結ぶ高規格道路には未接続の区間が多く残り、赤字に苦しむ乗合バス事業者も少なくない。地理的な制約が重くのしかかる以上、あと10年もすれば、地図から消える市町村がいくつも出てくるだろう。
本州が近づいてくる感覚は、裏を返せば道内が遠ざかっていく過程そのものではないか。便利さの正体を突き詰めると、決して明るいだけの話ではなくなってくる。
「北海道より東京のほうが近い」という感覚は、たしかに便利さの証だ。飛行機とLCCが道民の暮らしを確実に軽くしてくれている。
けれどそのバグは同時に、北海道が抱える構造の縮図でもある。広い土地に人が薄く散らばり、その隙間を交通網が支えきれなくなっている現実が、距離感覚の反転という形で表れているだけなのかもしれない。
近くなった本州を喜びながら、遠くなっていく道内をどう受け止めるか。その問いはたぶん自分ひとりのものではない。
北海道民が他の街で味わう距離感の違いについては、大阪での経験を綴った記事でも詳しく書いている。


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