リモートワークが日本で根付かない本当の理由

働き方・キャリア

いつの間にか戻ったコロナ禍前の日常

制度もツールも整った。それでも月曜の朝、電車は今日も満員になる。コロナ禍で一度は当たり前になったはずの在宅勤務が、なぜ日本企業では静かに姿を消していったのか。日本企業に勤める一人として、職場で実際に起きたことから書いてみたい。

2020年の春、自分の職場にもいきなりリモートワークが降ってきた。上から「来週から基本的に在宅で」という通達があり、ノートパソコンを抱えて帰宅した。最初は戸惑った。次第に慣れた。気づけば「これでいいじゃないか」と思い始めていた。

それが今はどうか。最低でも週3回は出社しなければならない。残りは業務の内容次第で、という条件はついているが、実態として在宅を選ぶ日はほとんどない。コロナ禍の約1年間、続いたかと思えば、静かに、じわじわと元に戻っていった。

誰かが「やめます」と宣言したわけではない。気づいたら戻っていた。この「気づいたら」の部分に、日本の職場の本質が詰まっている。

公式見解という名の煙幕

会社がリモートワークを縮小するとき、決まって同じ言葉が並ぶ。「セキュリティ上の懸念」「コミュニケーション効率の低下」「チームの一体感の維持」。

確かにオンラインでは細部の意思疎通がうまくいかないことがある。実際、在宅勤務中に取引先とのやり取りでつじつまが合わないまま業務が進行し、ミスに繋がったことがあった。対面であれば5秒で解決する確認が、メールの往復で半日かかる。その種の非効率は確かに存在する。

だが、それだけが理由なら、ツールを整備すれば済む話だ。問題はそこではない。

管理職が怖いのは「見えない部下」

リモートになって最初に気づいたのは、上司の電話が増えたことだ。用件がある時だけではない。「今どんな感じ?」という確認の電話が、明らかに増えた。

管理職に話を聞くと、こんな声が出てくる。「顔が見えないと、仕事を頼みづらい」「この人が何を得意としているか、画面越しだとわからなくなる」。これは管理能力の話ではなく、評価の仕組みの話だ。

日本の多くの職場では、成果そのものよりも、成果を生み出す過程が評価の対象になってきた。何時に来て、どれほど集中して、どれだけ遅くまで残っているか。その「存在の見え方」が評価と直結していた職場では、在宅勤務はただのツールの問題ではなく、評価の枠組みそのものへの挑戦になる。

管理する側が最も怖いのは、部下が「サボっているかもしれない」ということよりも、「適切に評価できないかもしれない」という不安ではないかと思う。

「見られていないと働いていない」という前提

残業の話をするとわかりやすい。

21時まで会社にいれば「遅くまで頑張っているな」と伝わるが、21時まで自宅で働いていても誰にも見えない。努力の可視化が対面を前提に設計されている以上、在宅ではその努力が存在しないことになってしまう。

評価する側が見えなくなれば、評価される側も見えなくなる。成果で測られる制度が整っている職場では問題は少ない。しかし多くの日本企業では、制度と文化の間に大きなギャップがある。制度上は成果評価でも、実際には「見えている人」が有利になる。その空気は、合理的な判断としてオフィス回帰を選ばせる。

ハンコと紙と電話——対面設計された業務プロセス

リモートワークが機能しない理由をITリテラシーの問題だと片付けるのは、的外れだ。

実際に在宅勤務をしてみると、取引先との打ち合わせの細部調整も、上司との面談も、研修もオンラインで十分に対応できた。研修を会社の研修室でWebを介して行うという、考えてみると奇妙な光景もあったが、それでも業務は回った。

問題はITツールではなく、意思決定フローの設計にある。書類への捺印が対面前提で設計されていれば、それだけで出社が必要になる。承認ルートが「この人のデスクに持っていく」という行動を前提にしていれば、デジタル化は表面だけで終わる。ツールを入れても、プロセスが変わらなければ何も変わらない。

「在宅でできる部分は十分あった」というのが正直なところだ。それでも出社回帰が進んだのは、できないことが少しあったからではなく、出社しないことへの、目に見えない空気のコストが高かった。

若手は本当にリモートを望んでいるか

あえて出社するのは新人だけ、という傾向がある。入ったばかりの社員は職場で顔を覚えてもらい、仕事の流れを体で掴む必要がある。その判断は合理的だ。

一方、経験を積んだ社員の多くは在宅を選ぶ。評価制度が整っていれば、それで問題はない。ただ、興味深いのは40代以上の社員の反応だ。「昔は付き合いによる、人間的な部分の評価もあった。それがなくなると、やりにくい」という声が聞こえてくる。

これは不満ではなく、本音だと思う。成果だけで測られることへの戸惑いが、案外ベテラン層に多い。リモートワークの普及は、日本の職場における「人間関係の評価」を削ぎ落とす。それを歓迎する人もいれば、困惑する人もいる。どちらが正しいかという話ではない。ただ、変化はすでに始まっている。

制度の問題ではなく、信頼の問題

リモートワークが根付かない理由はツールでも、法律でも、制度でもない。「管理すること」と「信頼すること」の間で、日本の職場はまだ後者を選びきれていない。

見えていないと不安になる。見えていないと評価できない。見えていないと頼みづらい。この「見える」への執着が解けないかぎり、何かが変わったとしてもそれは表面だけだ。

月曜日の朝、札幌の地下鉄は今日も混んでいる。

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